本日は母の日。
ということで、母の母が入所するホームを訪ねた。
私たちが着いた時には、寝ぼけていたのか会話が噛み合わなかったが、
次第に状況を飲み込んだようだった。
耳はすっかり遠くなったが、まだあまりボケてはいないようである。
百歳を迎えても、しっかりしている。
祖母は六十数年前、原爆で焼け野が原になった土地を
瓦礫と屍体をまたいで進んで、島原へたどり着いた。
その時お腹にいたのが、私の母である。
その苦労に思いを馳せるたび、「母の日」やらとは関係なく、
彼女の覚悟に敬意を払い、これ以上にないくらいに感謝したい。
帰り際、「また来るね」と言いながら握手をしたら、
「手のふかふかしとるね」と言われた。
……太ってるってことですね。
無邪気にそんなことを言うあなたは、いくつになっても素敵です。
おばあちゃん、ありがとう。
ということで、母の母が入所するホームを訪ねた。
私たちが着いた時には、寝ぼけていたのか会話が噛み合わなかったが、
次第に状況を飲み込んだようだった。
耳はすっかり遠くなったが、まだあまりボケてはいないようである。
百歳を迎えても、しっかりしている。
祖母は六十数年前、原爆で焼け野が原になった土地を
瓦礫と屍体をまたいで進んで、島原へたどり着いた。
その時お腹にいたのが、私の母である。
その苦労に思いを馳せるたび、「母の日」やらとは関係なく、
彼女の覚悟に敬意を払い、これ以上にないくらいに感謝したい。
帰り際、「また来るね」と言いながら握手をしたら、
「手のふかふかしとるね」と言われた。
……太ってるってことですね。
無邪気にそんなことを言うあなたは、いくつになっても素敵です。
おばあちゃん、ありがとう。
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